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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)1138号 判決

控訴人 大興金属回収社こと金正門

被控訴人 山本彦沢

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた

当事者双方事実上の陳述は控訴代理人に於て本件手形は控訴人と訴外株式会社東坂商店(以下東坂商店という)との間のプレス売買代金の前渡金とすると同時に之によつて右東坂商店をして金融を得しめる為振出したもので右売買契約は昭和三十年二月十五日迄に売主たる東坂商店が目的物件の引渡を為すことを解除条件とするものであつたところ同期日に売主はその債務の履行をしなかつたので同年二月七日頃は既に解除条件の成就によつて契約解除となつたものである従つて控訴人は右手形に因り何等の対価を得ず訴外宋元石はこの事実を知悉して本件手形と同時に同様の目的で控訴人が振出した金額三十万円の約束手形は之を返還したに拘らず本件手形のみ東坂商店に対する債権の弁済に充当すると称し控訴人及東坂商店の再三の返還請求に応ぜずにわかに取立の為之を訴外松山斗正に譲渡(手形面上は東坂商店の白地裏書の儘松山に譲渡さる)し同人は株式会社滋賀銀行に取立委任裏書を為し同銀行は之が支払呈示を為し支払を拒絶された為之を右松山斗正に返還し同人は更に之を宋元石に返還したところ宋元石は之を自己の子たる被控訴人に譲渡したものである而して被控訴人は父宋元石と同居し右の事実を知悉しながら本件手形を取得し手形の満期後二日以内たる昭和三十年四月六日故らに支払拒絶証書を作成せしめたものであるが既に手形面上支払拒絶のあつたこと明かな手形を満期日後二日以内に取得するも右は期限後の裏書であつて控訴人は東坂商店に対抗し得べき事由を以て右期限後裏書を受けた被控訴人に対抗し得べき筋合である仮に然らずとするも本件手形の裏書人たる宋元石の死亡に因り被控訴人は相続に因り本件手形の所持人となつたから宋元石の悪意の手形所持人たる地位を承継したものであると述べ被控訴代理人に於て被控訴人の父宋元石が昭和三十二年十一月死亡し被控訴人がその相続をしたことは争わないが右相続は被控訴人が本件手形の裏書に因り取得した権利を何等害するものでないその他の控訴人主張事実は之を否認すと述べた外いずれも原判決事実摘示と同一であるから茲に之を引用する証拠として被控訴代理人は甲第一、二号証を提出し当審証人宋元石同宇山英祐の各証言及原審並当審に於ける被控訴人本人尋問の結果を援用し乙第一号証の成立は不知と述べ同第二号証の成立を認め控訴代理人は乙第一、二号証を証出し原審並当審証人東坂数登同藤田雅一原審証人宋元石及同松山斗正当審証人駒井正己の各証言原審並当審における控訴人本人尋問の結果を援用し甲号各証の成立を認めた

理由

控訴人が訴外東坂商店を受取人として被控訴人主張の約束手形一通を振出したことは控訴人の自認するところで成立に争のない甲第一号証原審並当審証人宋元石の証言同証人東坂数登の証言の一部及び原審証人松山斗正の各証言、原審並当審に於ける被控訴本人尋問の結果によれば右手形の受取人たる東坂商店は被控訴人の父訴外宋元石に右手形の割引を依頼したところ同人は之が割引を為さずして東坂商店に対する自己の既存債権三十二万円の支払に充当すると申立て東坂商店の返還請求に応じなかつたので東坂商店の代表取締役東坂数登は止むを得ないものとして右手形を宋元石の手裡に留めたまゝに時日を経過したそこで宋元石は本件手形を東坂商店に対する自己の債権の弁済方法として之を受領し更に自己の債権者たる訴外松山斗正に譲渡し同人は株式会社滋賀銀行に取立のため裏書譲渡し同銀行は満期日に支払場所に於て右手形を呈示し支払を求めたところ之を拒絶せられたので之を松山斗正に返還したそこで被控訴人は右松山に対する宋元石の債務を代位弁済し右松山より本件手形の白地裏書を受けその所持人となつて期日後二日以内たる昭和三十年四月六日公証人をして支払拒絶証書を作成せしめたものであることを認定し得べく右認定に反する原審並当審証人東坂数登同藤田雅一の各証言及原審並当審に於ける控訴本人尋問の結果はいずれも措信し難く他に右認定を覆えすに足る証拠はない。控訴人は本件手形は叙上の如く訴外東坂商店をして金融を得しめると同時に右両者間のプレス代金の前渡金として振出したところ基本たる売買契約は売主の義務不覆行により解除せられたから控訴人は該手形に因り何等の対価を取得しないもので被控訴人の前主宋元石も右の事実を知悉して本件手形の裏書を受け松山斗正は単に右宋元石から右手形の取立委任を受けたものであると抗争するに按ずるに宋元石が訴外東坂商店から本件手形割引の依頼を受けたに拘らず現実に割引金を交付しなかつたことは前段認定の通りであるから宋元石は本件手形が融通手形であることを知悉していたことは容易に之を推認し得るけれども、おおよそ融通手形の受取人以外の者が、同手形所持人として支払を求めるときは、単に融通手形であることの理由をもつてこれが支払を拒み得ず、かりに所持人においてこれを知つていたとしてもその理を異にしないものと解するのを相当とするから宋元石が自己の東坂商店に対する債権の支払の為本件手形を取得することを妨げないものというべくまた右手形の基本関係として控訴人と訴外東坂商店との間に存在したプレス売買契約の存在を知悉していたとしても宋元石の右手形取得を手形法にいわゆる悪意によるものと断じ難くさらに進んで同人が右売買契約が売主たる東坂商店の債務不履行に因り解除せられ代金の前渡たる本件手形が控訴人に返還せらるべきことを本件手形を取得当時知悉していたことは之を肯認するに足る証拠はないから宋元石の悪意の取得者たる抗弁は之を採用し難い

しかして控訴人は宋元石は単に取立の為めに本件手形を被控訴人の前主松山斗正に譲渡したに過ぎないと抗争するけれども之を肯認するに足る証拠なく却て前顕甲第一号証に原審証人松山斗正の証言を綜合すれば本件手形面上被控訴人の前主松山斗正に対する裏書には何等取立委任若くは之に類する裏書目的の記載がないのみならず同人はその前主たる宋元石に対する債権弁済の方法として右手形を取得したこと明であるから同人は何等制限を受くることなく善意にて本件手形の裏書譲渡により完全に同手形上の権利を譲受けたものと解するを相当とするからこの点に関する控訴人の抗弁は採用しない尚控訴人は被控訴人は本件手形の悪意の取得者たる宋元石の死亡に因る相続によつて宋元石の悪意の取得者たる地位を承継するものであると主張するけれども相続に因る手形取得と裏書(白地裏書及その交付に因る裏書の場合をも含む)による取得とは之を区別すべく相続の効果によつてその以前手形の裏書に因る効果を左右し得ないから控訴人の右抗弁は採用し難い然らば被控訴人に対する裏書は期限後裏書なると否とを判断するまでもなくその前主たる松山斗正の本件手形に対する完全なる権利を承継すること明であるから控訴人に対し金五十万円及之に対する満期日の翌日たる昭和三十年四月五日から完済に至るまで年六分の支払を命じた原判決は正当であつて本件控訴は理由がないから之を棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 亀井左取 坂口公男)

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